(7/8いろいろと追記、編集)


何故、ここまで韓国人は日本を嫌うのか?


韓国関係のブログを書いているわりに私は知らなかったのでいろいろと勉強中です。


その勉強したことをこの記事では書いていきます(随時、加筆修正します)。


読む人も一緒に勉強していただければ幸いです。





韓国が日本を嫌いな理由。


それは、やはり強力な反日教育があるからだと思います。


それでは日韓併合時に日本はどれだけ酷いことをしたのか?


日本の認識(世界の常識に近いと思います)と、韓国の反日教育で教えていることは全く違うと思いますが何が違うのか?


それについて考えてみたいと思います。

(内容はwikiなどの他サイトを参考にしています。一番下に外部サイトへのリンクを貼っていますので、必要に応じて確認ください)



<中国、ロシア、日本からの干渉についての韓国教科書の内容>

 もともと韓国は中国(清)の属国だったので、そのまま属国としようとした中国、海への進出を図るロシア、そして、ロシアなどの欧米諸国を脅威に感じていた日本(朝鮮を欧米に取られては大変)から干渉を受けていた。
 基本的に、日本は韓国の自主的な独立を支援しようとしていたが(中国からの独立)、旧勢力の抵抗でうまくいかず、それにより日韓併合に向かった。

 韓国の教科書ではこの一連の流れについて、ロシアや中国からについては「干渉」という言葉を使い、日本からについては「侵略」という言葉を使っているようです。同じように他国から干渉を受けていたのに日本からのみ「侵略」という言葉を使っているということで、「日本はひどいことをした」ということをことさらに強調する内容になっているようです。



<日韓併合について>

(日本の肯定的見解)
 日本は、もともとは朝鮮の自立的独立を後押ししようとしていたが旧勢力の抵抗など、内部抗争が多く自主的な独立は無理と判断。併合へ向かう。併合はアメリカ、イギリス、ロシアなどを含む国際社会からも認められたものであり、当時としては合法。また、当時朝鮮の主流派であった進歩会が日韓併合に積極的だったこともあり日本が強制しての併合ではない。

 国際法学者J・クロフォードは「自分で生きていけない国について周辺の国が国際的秩序の観点からその国を取り込むということは当時よくあったことで、韓国併合条約は国際法上は不法なものではない」とし、また韓国側が不法論の根拠の一つにしている強制性の問題についても「強制されたから不法という議論は第一次世界大戦(1914年(大正3年)-1918年(大正7年))以降のもので当時としては問題になるものではない」としている


(韓国側の否定的見解)
 韓国においては、朝鮮の併合は日本の武力による脅迫によって断行されたという意見が主流。
 国際法学者フランシス・レイは「第二次日韓協約締結時に国家代表たる高宗に強迫が使われた」ことと「日本の韓国に対する保証義務」をあげて第二次日韓協約が無効と主張している。
 また海野福寿や小川原宏幸(同志社大学)の様に併合条約が「たとえ合法でも不当」という立場をとり植民地化の不正義を遡及して追及すべきとする者もいる。


 要するに日本側の肯定的意見としては、日韓併合は当時としては合法であり、日本から強制したものではないとういうもの。一方で、韓国側の否定的意見としては日韓併合は日本の武力によって断行されたものであり日韓併合そのものが無効と主張しているわけですね。

 もともと日本は併合しようとしていたわけでなありませんので、、、個人的には日本側の主張が正しいように感じます。


<日韓併合による影響>

(日本の肯定的見解)
 
もともとは朝鮮独自の独立を支援していた関係で、当初から植民地化ではなく、大日本帝国の一部分として殖産と教育などの様々な投資を活発におこない、朝鮮半島の経済および人的資源を育成しようとした。
 インフラや教育などが無かった状態なので、大日本帝国の一部分として殖産と教育などの様々な投資を活発におこない、朝鮮半島の経済および人的資源を育成しようとした。したがって、植民地的搾取ではなく、投資に重点が置かれ、市場を開設し、インフラを整備した。
 特に、教育の普及による朝鮮半島の人的資源の開発は当初から重視され、学制がひかれるとともに、京城帝国大学が帝国大学としては6番目に京城府(ソウル)に設置された。朝鮮は天然資源も労働力も豊富ではなく、植民地としての価値はなく、逆に、大日本帝国からの財政支援が長期に渡っておこなわれた。ゆえに大日本帝国は併合によって利益を得たわけではなく、むしろ朝鮮に恩恵を及ぼした面が大きい。これらを「植民地支配」であるとして、西洋列強が行った残虐で搾取的な異民族支配と同じ言葉で括るのは、不当な印象操作であり、うけいれられない。
 朝鮮半島が、帝政ロシアや清国の侵略圧力にさらされていた当時、それらの国家に対して侵略をさせないだけの経済力と軍事力を独自でもつことができなかったという状況下での選択としては、韓国併合はもっとも妥当なものに近い。朝鮮民衆の最大組織であった一進会などの勢力が併合を推進した意図と比べても本質的な差異はない。このように併合にはプラス面があったし、また大韓民国・一進会が併合について主体的に関与している度合いが大きい以上、決して大日本帝国側が一方的に非難されるいわれはなく、プラス面を考慮したうえで併合を評価するべきである。仮に、大日本帝国の朝鮮支配が現在の法理で不当なものであったとしても、当時の国際法において適法であった場合同じような植民地支配を行った欧米諸国はこれについて謝罪も賠償もしておらず、日本国だけが責任を追及されるのは国際的に考えても不当である。

 1929年、カーネギー財団から朝鮮半島に派遣されたアメリカ人記者らは、「日本は併合以来19年間にして、数百年間停頓状態にあった朝鮮と、近代文明国 との間に渡り橋を架けてやった。・・・また朝鮮人の苦しみもあるかも知れぬが、日本は莫大な利益をもたらしていることは明らかである」などと、李氏朝鮮時代よりも日本統治によって朝鮮人民は救われているとの評価をしている。


(韓国側の否定的見解)
 朝鮮は植民地化によってあらゆる搾取(七奪)に甘んじ絶対的に窮乏化した(すなわち相対的に窮乏化したのではない)。植民地政策、特に土地調査事業によって大量の農民が土地を離れざるを得なくなった。多くの人々やその子孫たちを、中国、ロシア、日本などに移住させるという苦痛を負わせた。産米増殖計画においては、日本内地への輸出ばかりが増大し小作農は窮乏化した。また、工業化によって大日本帝国の資本家(企業)は安価な労働力を確保し、土地・資源のみならず膨大な労働力を搾取した。朝鮮人による商品消費も日本資本または日本資本傘下の朝鮮人系企業に依存したため、朝鮮人は二重三重に搾取された。朝鮮の植民地化によって、大日本帝国は莫大な利益を蓄積し、欧米の植民地宗主国に列する強国に成長した。


日韓併合によって朝鮮は裕福になったという意見に対し、韓国側の意見としては窮乏化したということのようです。さすがにこれは韓国側が間違っていると思います。



<日韓併合後の政策>

(日本の肯定的見解策)
 身分解放
 統監府は、1909年(明治42年)に戸籍制度を朝鮮に導入し、李氏朝鮮時代から人間とは見なされず姓を持つことを許可しなかった肉屋のような民にも姓を自称させた。李氏朝鮮時代は戸籍に身分を記載していたが、統監府はこれを削除した。このため身分が平等になり、肉屋の子供たちも学校に通うことができるようになった。身分解放に反発する両班は抗議デモを行ったが、政府によって鎮圧された。

 両班という特権など併合前の朝鮮(李氏朝鮮)には厳しい身分制度が残っていたようです。これを日韓併合により廃止。全ての人が平等にしたということで日本を評価すべき話だと思います。


 土地政策
 朝鮮総督府は1910年(明治43年)から1919年(大正8年)の間に土地調査事業に基づき測量を行ない、土地の所有権を確定した。この際に申告された土地は、境界問題が発生しないかぎり地主の申告通りに所有権が認められた。申告がなされなかった土地や、国有地と認定された土地(所有権が判明しない山林は国有化され入会権を認める方法が採られた(火田民も参照)。そのほか隠田などの所有者不明の土地、旧朝鮮王朝の土地など)は最終的に朝鮮総督府に接収され、朝鮮の農民に安値で払い下げられ、一部は東洋拓殖や日本人農業者にも払い下げられた。ソウル大学教授李栄薫によると朝鮮総督府に接収された土地は全体の10%ほどとしている。山本有造によれば総督府が最終的に接収した農地は全耕作地の3.26%であるとする。この大規模な土地調査事業は戦後おこなわれた精密測量による地籍調査のようなものではなく、あくまで権利関係を確定させるためのものであったが多くの境界問題や入会権問題を生み、現代に続く「日帝による土地収奪」論を招いている。

総督府による測量および登記制度の導入を機に朝鮮では不動産の売買が法的に安定し、前近代的でゆるやかな土地所有を否定された旧来の零細自作農民が小作農に零落し、小作料高騰から大量に離村した者もいるが、一方で李王朝時代の朝鮮は農地が荒廃しており、民衆は官吏や両班、高利貸によって責めたてられて収奪されていたため、日本が朝鮮の農地で水防工事や水利工事、金融組合や水利組合もつくったことで、朝鮮農民は安い金利で融資を受けることができるようになり、多大な利益を得るようになった朝鮮人も現れ、これらの新興資本家の多くは総督府と良好な関係を保ち発展した。

 韓国側の否定的な意見としては日帝により多くの土地が搾取されたとしているが、日本側の肯定的な意見では総督府が接収した土地最終的には3.26%であり、少ないとしている。
 韓国側の意見では、土地の所有などを明らかにしたことで農業をやっていけなくなった人が多く出たことを重視しているような感じを受けます。


 教育文化政策
 日本統治下においては、日本内地に準じた学校教育制度が整備された。初代統監に就任した伊藤博文は、学校建設を改革の最優先課題とした。小学校も統合直前には100校程度だったのが、1943年(昭和18年)には4271校にまで増加した。

 1911年(明治44年)、朝鮮総督府は第一次教育令を公布し、朝鮮語を必修科目としてハングルを学ぶことになり、朝鮮人の識字率は1910年(明治43年)の10%から1936年(昭和11年)には65%に上昇した。学校教育における教授言語が日本語であったことをもって、「言葉を奪った」という評価がなされることがある。これに対しては、朝鮮語が科目として導入されたこと、朝鮮語による文化活動が許容されていたことをもって、言葉が奪われたとはいえないという反論もある。また、ハングルは併合以前は漢字と比べて劣等文字として軽蔑されており、あまり普及していなかったというのも事実である

(韓国側の否定的な見解)
 日韓併合後の時代を「強制的に占領されていた時代」という意味で「日帝強占期」とされている。そのため、各地で三・一独立運動などの反対運動が起きた。それを日本によって武力で押さえつけられた。

 日本の統治によって学校も増え、識字率も飛躍的にアップし、朝鮮にとっては良いことづくめの併合だった感じがします。現在の韓国では日本は侵略者と教えているようですが、飛躍しすぎているとしか考えられないというのが正直なところです。

 また、韓国側では日本が強制的に日本語を教え朝鮮語やハングルを奪ったなどとしています。1938年の朝鮮教育令などで日本語を強制されたというもの。
 ただ、もともと10%ぐらいしか使っていなかったハングル
識字率を65%までに引き上げたのが日本による教育であり、奪ったというよりは与えたと言っても過言ではないと感じます。



<一般国民の声など>

(日本の肯定的見解策)
 日韓併合時代の真実を読むと、今の韓国人の反日教育、考え方などが本当に悲しくなってきます。当時の人達が幸せに暮らしていた事例がたくさん紹介されています。

 当時の朝鮮は日韓併合したと言っても、それほど日本人が多かったわけではなかった様子です。武力によって強制的に占領されていたなんてとんでもない。また、お互いに手を取り合って協力し幸せに暮らしていた時代だったようです。


阿部元俊さん談(三歳のときに朝鮮へ)
「日本人と朝鮮人とが衝突したとか、喧嘩したとか、何かのトラブルがあったといった話は聞いたことがありません。……ソウルでもそうでした」
喧嘩ということだけでなくて、問題になるようないじめとか、差別とか、一般生活者の間ではほとんどなかったということを、私は自分自身の実体験から自信をもって言うことができます

林健一さん談(生まれも育ちも朝鮮の新義州(今日の北朝鮮北部))
日本人による朝鮮人差別ということは、まったくありませんでした。学校で生徒同士は完全に対等で、上級生の朝鮮人が下級生の日本人を呼び寄せて、『お前は服装がなっていない』とか説教することなんかがたびたびありましたね。……
 朝鮮を出て、日本の内地に行きたいとも思いませんでした。朝鮮の人々はよかったですし、私も居心地がよかったですから。……骨をどこに埋めるかと聞かれれば、『朝鮮』と答えたものです」

吉田多江さん談(日本統治下のソウルで青春時代を過ごす)
「近所の子どもたちともよく遊びました。私は朝鮮の女の子たちの長く束ねた髪の毛がうらやましくて、私がさわりたいと言うと、よく触らせてくれました。……何の区別もなくつき合っていました。
 仲のよかった思い出がいっぱいで、朝鮮人と日本人の間でいじめたりいじめられたりといったことは、本当に見たことも聞いたこともありません。……朝鮮はとても治安がよくて、日本人を襲う泥棒や強盗の話など聞いたこともありません。……横暴なふるまいなど一切ありませんでした。
 戦後になって日本に送還されるときも、家財道具を盗られるなんてこともなく、こちらから知り合いの人たちにあげましたし、彼らはみな喜んで感謝の礼を表してくれました。こんな素晴らしいことって、あるでしょうか。世界に誇れることだと思います。……創氏改名(日本人名を名乗ること)を強制的にさせたとも言われますが、私のまわりの朝鮮人はみな終戦までずっと朝鮮名のままでした。
 戦後の韓国で言われてきた歴史には、あまりに嘘が多いと思います。……私はソウルで生まれ、成年になるまでソウルで生きてきましたが、日本人と韓国人が基本的に仲良く生きてきたことは、双方の民族にとって誇るべきことだと思っています

坪井幸生さん(朝鮮総督府の警察幹部)
「彼らとは今も、本当によい気分で話ができるのです。こういう私たちの関係を、『日本は悪いことをした』式の見方をする人たちは、どうみるのでしょうか。日帝時代に、日本が朝鮮に対して悪いことをしたのであれば、警察部長をやっていた私などは、その悪の最大のものと言われるでしょう。そうであれば、彼らがつき合ったりするはずがありません



韓国人の朴承復さん談(日本による朝鮮統治時代を体験)
学校では日本人生徒たちからも先生からも、差別されたことはありませんでした。……今でも日本人の同期生たちと会うと、彼らは韓国語で話したがります。……今なおそれほど親しくつき合っている日本人の同期生が何人もいます。
「日帝時代にそんなことあり得ないと言われるかもしれませんが、過激な人や極端な人たちの一部での喧嘩や衝突はあっても、一般の日本人と韓国人のぶつかり合いなんか、見たこともありません
 多くの日本人は、朝鮮人から家をちゃんと借りて住んでいました。日本人が勝手に韓国人の家を奪い取るなど、そんなことはなかったです。当時の日本人は本当に質素でした。……私自身は当時の日本人に対して悪い印象は全く持っていませんでした」

韓国人の閔圭植さん談(ソウルの京城帝国大学で学ぶ)
「私は個人的には日本人と仲がよくて、悪い感情はありませんでした。日本人が韓国人に恐怖を与えたとか、韓国人が日本人に殴られたとか、何か嫌がらせをやられたとかいったことは、個人的には見たことも聞いたこともありません。
 日本人が韓国人の家を奪って勝手に使うとか、土地や財産を搾取するとかいうことも、まったくありませんでした。神社参拝については、何かの日には学生全部が連れて行かれました。行かなくても別に厳しい文句は言われませんでしたが」

韓国人の李萬甲さん談(新義州の中学や高校に通う)
「朝鮮人は私一人でしたが、日本人の同級生みんなに親切にしてもらいました。……日本人の先生には立派な方がいらっしゃいました。
 創氏改名は昭和一五年からのことでした。ほとんどの人が変えていましたね。……しかし、官庁に務める人でも、変えないからといって首になるようなことはありませんでした。
 日本人が韓国人の生活を侵害するとか、略奪するとか、そんな類のことは日本人は全くしませんでした。日本人は法に反することをしないようにと、非常に気をつけていました」


(韓国側の否定的見解)
 「日帝は、全国いたるところで韓民族に対する徹底的な弾圧と搾取を行ない、支配体制の確立に力を注いだ」
「日帝の弾圧に苦しめられたわが韓民族は、光復(戦後の解放)を得るまでの間、植民地政策に対して自主救国運動を展開した」と教科書などでは書かれており、一方的に日本が武力で押さえ、やくざのようにふるまっていたとされています。
 
 日本統治時代は武力的弾圧などなかった、朝鮮人と日本人は仲良く暮らしていたということが多くの証言から分かります。でも、韓国の教科書では日本統治時代は日本の武力による弾圧、搾取があり、最悪の時代として教えられています。このように事実を押し曲げて被害者ぶるのはどうなのか?と感じます。

 もちろん、これらの証言が全て正しいとは限りません。韓国側の証言も必要だと思いますので、今後、できる限り探したいと思います。


(そしてある時、悲劇が)
 上記のように日本統治時代は本当に良い時代だったと考えている人達は多くいるかと思います。今の韓国では声を上げにくいので窮屈な思いをしることでしょう。そして、あまりにも真実と違うことを教える韓国に忸怩たる思いをしているのかもしれません。
 そして、ある時、日本統治時代を生きた95歳のご老人が「日本統治時代は良かった」と話をしてしまいました。韓国の教科書の内容しか知らない無知な若者を諭したかったのだと思います。ご自身の実体験を持って、真実の日本統治時代、日本は悪くなかったということを伝えたかったのだと思います。

 でも、現実には、、、日本統治時代を教科書でしか知らない無知な若者に殺されてしまいました。本当に悲しく痛ましい事件。この事件が何かのきっかけになればいのですが、、、現実には、韓国国内では殺されて当然だという意見も多く何も変わっていないようです。

 真実を伝えようとして亡くなられたご老人のご冥福をお祈りします。もしかしたら、両国の関係改善も期待しての発言だったかもしれませんが、現時点では、、、悪い方向に向かっている感じがします。できることなら、無駄死にはしたくないと思いますが、、、。


事件参考:
95歳男「日本統治よかった」発言で殴り殺される 韓国ネットでは「死んで当然」「正義の審判だ」(2013年5月の韓国国内での事件)
 
 
 現在でも韓国は「反日無罪」が当たり前のような雰囲気のようです。逆に「親日罪」があるぐらい。仲良くしていた両国のはずが、、、何故、このようなことになってしまったのでしょうか?教育とは恐ろしいものだと思います。


(全体参考)
韓国併合(wiki)
日韓併合時代の真実
韓国の歴史教科書を読む

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